タイトルである”キリスト信仰”とは、”キリスト教信仰”とは違うことをまず前提にしなければならない。
偏見も混ざってしまうかもしれないが、キリスト信仰とは言わば「すべては必然で、あなたに必要なことであり、すべてを受け入れなさい」ということだ。
私もこの考えに反論はない。
ただ、捉え方によっては堕落の原因となってしまう。
なぜなら、この考え方がキリストによって発せられたことにより絶対的権威のように感じられ、思考を停止してしまう力を持ってしまうからだ。
私もかつてそのような人のひとりであったように思う。
過程を無視して断言すると、物事をすんなり受け入れてはいけない。
言い換えると、受け入れられないことを大事にしなければならない。
あなたが余程、変わった感性の持ち主でない限り、その不便さは誰かも感じている。
不均衡が生じているのだ。
資本主義とは歪みや不均衡を発生させそれを是正させることで発展してきた。
つまり、資本主義にイノベーションが欠かせないのである。(少し飛躍しすぎたかも)
ぜひ、大いに不便さを感じて是正しよう。
ちょっとくらいの不便なら多くの人は見落としがちである。
しかし、そうゆうところにビジネスチャンスが存在するのである。
補足として、ルサンチマンを抑える方法としてはキリスト信仰が大いに役立つ。
バランスが重要であることを再度言っておきたい。