社会人と学生の最も大きな違いは責任の重さである。
社会人とはその名前の通り社会に身を置いている人であって、所属するコミュニティーの中の一員である。学生はコミュニティーを形成しなくても学生としていられるが、社会人の場合は社会とつながりのあるものを言うのであってであって、一人では存在し得ない。
コミュニティーの一員であるということは、自分の行動に責任が伴うということである。私たちは人を評価するときに個人として見るのと同時にその人が所属しているコミュニティーの縮図としてみている。
例えば、先日行われた冬季オリンピックのスノボードハーフパイプの國母和宏選手の服装問題である。
彼がもともと所属していたスノーボード選手としてのコミュニティの中であったら、ルーズな服装が問題になることはなかった。
しかし、オリンピック選手に選ばれることによって日本の代表となることによって所属するコミュニティに変化が生じた。
日本の國母という存在になったことで、日本を代表する人物としての振る舞いを求められるようになったのである。そして、日本というアイデンティティを尊重する層から服装について避難が寄せられてしまったのである。
服装問題の是非はここでは言及しないが、社会人として所属するコミュニティに責任をもつことを示す例としては充分だと思う。

 責任に伴って社会人には多くの自由が与えられる。言い換えると責任というリスクを背負うことによって社会の中の自由を獲得するのである。学生は個人としての行動は自由であるが、社会の中の行動には制限されている。お金を稼ぐこともできないし(バイト等で働いているときは社会人と言う位置づけ)、周りの協力を得て事業を行い社会に富を還元することもできない。社会人はそういったことが可能になる。行動の選択肢も広がる。一般的にみても責任が大きい人のほうが与えられる自由も大きい。

社会人と学生の違いは以上のような責任と自由の違いだと私は思う。