医師が退職願 中傷で心労か

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20110328-OYT8T01034.htm?from=tw
最近に見る自粛ムードと言い、何とも歯がゆい現状だ。この状況を日本の良さの行き過ぎた結果と言ってはいけない気がする。

まず、ここで理解してほしい経済学の概念がある。それは「合成の誤謬 」である。
合成の誤謬とは、簡単に言うと個人としては正しい行動だとしても多くの人が同じような行動に出てしまうと意図しない結果になってしまうことを指す。

例えば貯金である。将来に向けて貯金することは個人としては正しい行動だと一般的に言われている。しかし、みんなが最低限の生活費しか使わずに多くのお金を貯金に回すとどうなるだろう。まずは娯楽産業が潰れてしまう。外食を控えたらレストランが潰れてしまうし、カラオケとかゲーム機、ファッションショップなんかも大打撃を受けてしまう。そうなると、娯楽産業で働いている人たちは収入が無くなる、もしくは少なくなってしまって、ますます消費を控えるようになる。そういう連鎖が続いていくと日本全体がお金が回らなくなり不況になってしまうのだ。

では、今回挙げたニュースの例で見てみよう。
上小阿仁村に医者は有沢幸子医師しかいない状況であった。なので村の人は病気になると有沢医師に頼らざるを得ない。人によっては命に関わる状況になることもあるだろう。もし、休日に大怪我をしてしまった際、村には頼れるのは一人の医師しかいない。そんな状況で唯一頼れる医師が休日だからと言って家でゴロゴロしていたりドライブをして楽しんでいて、急患の患者を助けられなかったらその家族としては「命を預かる仕事をしている人が休むなんてとんでもない」と思うのも分からなくはない。しかし、医師は非常に繊細で失敗が許されない仕事であって、過労はミスを誘発する要因である。多くの人が休みを許さない過酷な状況を望んでしまったら、誰もそこで医師として働こうと思う人はいないだろう。最初から過酷と言うことが分かっていて、おそらく村としても多くのお金をかけることができないわけであるから、この村はしばらく無医村になるだろう。まさに合成の誤謬が生んだ結果である。

最近日本を覆っている自粛ムードも同様のことが言える。みんなが自粛をして娯楽を捨ててしまったら、冒頭に言ったように日本全体がますます不況になってしまう。そうなるといちばん困るのは多額の復興費を必要としている被災地の人たちなのである。本来は自粛をする人たちは被災地の人たちを思っての行動かも知れないが結果的にマクロで見ると被災地の人たちの首を絞めてしまっているのである。

上小阿仁村で過酷な労働を強要した人たちがとるべき行動は、その村を離れることである。都心には休日でも診療してくれる病院が存在する。もし家族や自分の命が何よりも大切であるならば、人に働くことを強要するのではなく自らそういったサービスが受けれる場所に移動するほうが本筋である。村を離れたくないのならそれは引越しといざと言うときの命を天秤にかけて、離れないことを望んだ結果なのだから医師に文句を言うのは筋違いだ。

自粛を実施する人がとるべき行動は、自粛を周りに強要しないことだ。僕自身はACのCMで誰かが「自粛は強要しないようにしよう」と呼びかけても良いと思っている。いま自粛をしている人たちの大半は世間体を気にしてのことだと思う。本気で自粛をしている人たちはごく一部だろう。実施するなら強要はしない。大事なのは自分の行動であって、合成の誤謬が生じる行動を強要するのはナンセンスである。